村上龍『オールド・テロリスト』(文藝春秋)

 2015年6月発売の単行本版を読了。文庫版は今月出たようです。

村上龍の小説はひさしぶりで、以前と変わらず大変おもしろかったです。テロリストである老人の心情を描くことに力点が置かれることもなく、作中で老人たちと対比される若者たちの視点でもなく、両者に挟まれて情けなく生きている中年(初老?)の男、社会的にも私生活でも「負け組」と評されるであろう立場の男の視点で物語られる点が、とてもよいです。作中、語り手は精神安定剤睡眠導入剤をやたらに噛み砕き(「倍量飲んだ」というような描写が多く出てきます)、ウイスキーでべろんべろんになって無為な時間を送るのですが、アクションやサスペンスとは一見無縁の、そういった描写の反復がなんとも素晴らしく、というよりも停滞した時間を描くテキストこそが、続くサスペンス描写をより効果的なものにするという演出は村上龍の得意とするところで、本作でもその技術がいかんなく発揮されています。アキヅキという精神科医の語りや、「ミイラのような老人」と対面する場面などに見られる、日常から異様なものにぬるっとつながっていく感触は、「テキストのサスペンス」とも呼ぶべき見事な緊張感を実現しています。

語り手の中年男の相方となるのは若くて美しい女性なのですが、非常に特殊な生い立ちで、決して一般的な若者を代表できない人物です。もうひとり、マツノ君という青年が出てきて、彼は若者代表のような人物なのですが、中盤で役割を失い、物語から去ってしまいます。そこだけ少し引っ掛かりました。彼をもう少し何とかしてあげられなかったのか。ですが、それについてはどうにもならないからこそこの物語なのでしょう。

オールド・テロリスト

オールド・テロリスト