『秋刀魚の味』(小津安二郎)

DVDで。遺作となったこの作品、物語的には『晩春』の変奏なわけですが、細部においてはかなり大胆なことをやっているように感じました。ラストで岩下志麻を嫁にやった父親の笠智衆が、娘のいなくなった深夜の家でひとり涙するという場面、娘の記憶のしみこんだ家の無人のショットが重ねられるのですが、そこに短く挿入される階段のショットにはドキッとさせられますし、娘と父との感情のやりとりはあまり深く描かれず、笠智衆を中心とした描写が続くなかで、とにかく男たちは四六時中酒ばかり飲んでいて、昼も夜もアルコールを摂取し続けるその姿はちょっと異様だし*1、それに佐田啓二岡田茉莉子夫婦のアパートの描写は、確かにほほえましくもあるのですが、岩下志麻の作る家庭の将来を暗示するようで、こういうかたちで若い夫婦の結婚生活を描くのも、『晩春』以降の一連の作品群にあってはあまり見られなかったもののように思います*2。それにしても、『麦秋』の原節子・二本柳寛と同じように駅のホームで横に並んで立つ『秋刀魚の味』の岩下志麻吉田輝雄は、当然結ばれるのだろうと思っていたら、ちょっとしたすれ違いで最終的には結婚に至らないわけで、この展開には(昔一度観た映画ではあるけれど)ちょっと驚きました。
加東大介笠智衆岸田今日子のバーで飲む場面、軍艦マーチのレコードをかけて、三人が敬礼しあうところは大好きです。

*1:飲まないわたしにそう感じられるだけかもしれませんが、それにしてもこの作品にお酒を飲むシーンが異様に多いのは間違いないことです。

*2:強いて言うなら『お早よう』でしょうか。あの新興住宅地の複数の家族とその口さがない構成員たちは、佐田啓二久我美子の将来を先取りしているようでもあります。