『出来ごころ』(小津安二郎)

DVDで。初めて。これまた傑作でした。語りの簡潔さとショットの力強さは実に見事で、例えば伏見信子が鏡を見ながら紅を引いていて、それを見た坂本武が何か言う、これだけで彼女が大日方傳に思いを寄せていることが観客に伝わるわけで、こういう描写の積み重ねが物語の進行に心地よいリズムと適度な緊張感をもたらしています。
『風の中の牝雞』や『一人息子』同様、「子供の病気」が物語の重要な分節点をなしている点は注目に値するでしょう。それから坂本武がズボンを脱ぐ動作が幾度も繰り返されるのですが、この作品では衣服がとても大きく物語にかかわっていて、非常に興味深いです。お金も重要な主題で、冒頭のシーンから空のがま口が行ったり来たりするわけですが、坂本武がやった小遣いがきっかけで息子(突貫小僧)が病気になり、その入院費用が物語終盤での登場人物たちの主要な関心事となり、彼らにさまざまな行動をとらせる契機となるのです。
ラスト、坂本武が息子の元に返ろうとして海に飛び込み泳ぎ去る場面はとても開放的で美しく、わたしは小津の作品でいまだかつてこんな場面を観たことがなかったため、ちょっとした衝撃でした。