『DEATH NOTE』感想

以下ネタバレです。

ルールが後出しジャンケン的に際限なく追加されるのは、この手の物語の場合致命的にダメでしょう、という話を事前に友だちのTくんから聞いていて、あまり期待せずに接したためでしょうか、わたしとしてはそれなりに楽しく読み進めることができました。
Tくんの言わんとすることもよくわかって、この漫画を「デスノート」というブラックボックスをめぐる犯罪者と探偵の知恵くらべと捉えるなら、あらかじめ定められたノートの法則を互いにいかに活用して相手の裏をかくかという展開にこそ、作品の焦点があるはずです。しかし肝心のルール=法則がどんどん増えていき、「いや実はこんな法則があるんだよ」といった感じで作者にとって都合のいいルールをいくらでも後付けできるのであれば、作品の根本がまるっきり崩れてしまいます。
でも、どうもこの漫画におけるルールの追加は、そういう捉え方で考えない方がいいのではないかと思うのです。
ルールの際限ない追加にはふたつの側面があって、ひとつにはルールの探求自体が物語に組み込まれている、つまりノート上の「How to use it」にも書かれておらず、死神も詳しく知らないノートに関するルールを、実地で試して確認していくという過程と、そのようにしてルールに関する知識を相手(主人公・夜神月にとってのLやニア)より少しでも多く手に入れることで、相手より優位なポジションをいかに維持し続けることができるかという部分に大きく比重が置かれていて、例えば現在進行中のニア・メロとの対決でもルールに関する正確な知識をめぐる情報戦としての側面が強いわけです。でも他方で、各章のあとに「How to use it」というかたちで次々と提示されているルールには、夜神月やほかの登場人物、場合によっては死神すら知らないものが混在していて*1、そこがルールの追加にまつわるもうひとつの側面に関わってくる、すなわちこれらの「How to use it」はアニメやゲームで言うところの「世界観」なのではないかということです。いわばメタの次元に位置している法則群であり、場合によってはこのコミックの作者以外の人びと(例えば映画版の脚本家や監督、あるいはノベライズが出るとしてその著者)によって、先行する法則群と矛盾しない限りにおいていくらでも追加可能なものなのではないかという気もしてくるのです。
この漫画だけを見れば少なからず無理がある上に反則だらけなのですが*2、どうも作者(たち)が自らを超えた部分に「世界」を設定していて、今わたしたちが手にしている作品はその「世界」の可能性としてのひとつの姿に過ぎないという、昨今の一部のミステリー小説*3やアニメ、ゲームと共通する作られ方をしていて、旧来の作品観で考えようとすると、こういう側面を取り逃してしまうのではないでしょうか。
(ただし、ここで書いたような作品の成り立ちの興味深さが、作品そのもののおもしろさに無条件に直結しているかと言えばそれはまた別の話で、その点ではTくんと同意見ということになってしまいます。ただし単なる駄作として切り捨てるほどつまらない漫画ではないということです。)
 
もうひとつこの漫画の美点を挙げるとすれば、主人公ではなく探偵の魅力があるでしょう。はっきり言って、夜神月よりもLの方がずっと見ていておもしろいわけです。ぱっと見ごく正常かつ健常な犯罪者と、逆に犯罪者すれすれの異常性を抱えた探偵という構図は、それこそ探偵小説のジャンルにあっては常道ですが*4、Lという探偵の造形が作品のおもしろさに大きく貢献しているのは間違いありません。
これに関連して連想されるのが、映画『太陽を盗んだ男』(長谷川和彦)です。実際、大量殺戮兵器をあいだに挟んで対峙する犯罪者と探偵(警察)という図式からして、『DEATH NOTE』と『太陽を盗んだ男』はとてもよく似ています。あのフィルムでも、沢田研二の存在感と同時に、菅原文太の超人的なたたずまいの強烈さが、物語を活性化していたわけです。ただし後者にあって核爆弾は使用されないことにおいて効力を発揮するのに対し、前者では死のノートが使い続けられることに物語を駆動する力が存するという点で、大きく違っているとも言えます。
 
ほかにもいろいろ書きたいことはあるのですが、まずはこの辺で。気が向いたら書き足します。

*1:例えば最新11巻の最後に提示されるルール、「デスノートには白や赤の表紙の物も稀にあるが、/使い方や効力は黒表紙の物と一切変わらない。」などは、もちろん今後のストーリー展開で活用される可能性は十分あるのですが、すくなくともノートを所有する人間によって検証されたものではないですし、現時点でこの法則を追加することにより、物語展開が大きく変わるとは言い難いでしょう。

*2:それを言ったら「デスノート」というもの自体が反則なんですけどね。

*3:読んでないからあくまで憶測に過ぎませんが、清涼院流水のJDCシリーズなんかはこれに近い世界観を持っているのではないでしょうか。

*4:例えば東野圭吾の『容疑者Xの献身』もこの構図です。