『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(デヴィッド・フィンチャー)

新宿ジョイシネマ1にて。
 
冒頭で描かれるエピソード、盲目の時計職人が作った逆回転する(時をさかのぼる)時計の物語は、ブラッド・ピット演ずる主人公こそこの時計であり、すなわち「映画」である、ということを示すものではありません。2回繰り返される湖の畔の場面を見れば、ベンジャミン・バトンとは前に投げかけるものであり、フィルムというよりもむしろ映写機というべき存在であることがわかります。つまりこのフィルムは前作『ゾディアック』の変奏として構成されているのです。
円いもののイメージ群(駅の時計、丸眼鏡、バイクの車輪、ボタン、そしてハリケーン…)もまた、映写機とそこにかかるふたつのリールのイメージを喚起することでしょう。過去と現在を行き来するようにして語られる物語にあって、ブラッド・ピットケイト・ブランシェットの関係とはまさに、ふたつのリールの関係にほかなりません。映画の始まりの時点で大きな時間(フィルム)を身にまとった前のリールは、徐々にちいさくなってゆき、上映が終わるころには時間をはぎ取られた芯だけの姿になって動きを止める、そしてかわりに後ろのリールはフィルムを巻き取って大きく重くなり、最後には同じように静かに動きを止めるのです。
 
反復の主題や階段など、気になる細部はほかにも多々あります。こうして書いていると、だんだんもう一度観直したくなってきますね。
(2/18記)