藤野千夜『少年と少女のポルカ』(講談社文庫)

少年と少女のポルカ (講談社文庫)

少年と少女のポルカ (講談社文庫)

試験問題に上手に答えました!みたいな鈴木清剛の「うまさ」とは全然違って、藤野千夜の小説は本格的にうまいのですが、そのうまさってつまりは視点人物との距離のとり方、もっと言えば自意識の描き方の巧みさなのでしょうね。デビュー作にしてこれほどうまいというのに、その後も主題やら語りの方法やらでいろんなやり方を試みていて、ひとつところにとどまらないあたりにも、この小説家の意欲的な姿勢を感じます。
こんなことはきっとさんざん言われているに違いありませんが、新人賞受賞作「午後の時間割」に特に顕著に見られる自意識の描き方や細部描写の巧みさには、少女漫画のジャンルで達成されたものを小説において再現しているような、ちょっとした「既視感」があって、とはいうもののそこを過剰に重視するのもいかがなものでしょうか。まあともあれ、その後のさまざまな技術的実験というのは、少女漫画的方法からの脱却の過程なのかもしれませんね。
「性同一障害」「同性愛」の主題は、それそのものとして採用されているというよりは、恋愛感情の一方通行性を強調すべく用いられている要素であって、例えば表題作において、性転換手術を受けたヤマダが好意を抱くトシヒコはゲイであり、彼は女性の容姿をしたヤマダには興味はないし、同じく彼のことを好きなのであろうミカコに対しても恋愛のベクトルは向かわず、彼の気持ちは同学年の男子・リョウに対してのみひたすら向けられているわけで、こうした感情のすれ違いを決定的なものとするために「性同一性障害」という設定が用いられているのです。「午後の時間割」でもハルコの気持ちはあっさりゲイのテシロギに裏切られる。こうした「感情のすれ違い」の描き方がとてもうまくて、ラストのハルコと父親の場面など、ちょっと心を動かされてしまったりします。