『世界』(ジャ・ジャンクー)

銀座テアトルシネマにて。わたしにとってはこれはちょっとした衝撃でした。ジャ・ジャンクーの映画はデビュー作『一瞬の夢』以来すべて観てきましたが、正直ここまで心に響いてきたことはありませんでした。もちろん過去の3作もすごい映画だったわけで、わたしが受け止めきれていなかっただけなのでしょうけれど…
冒頭のショーの場面からして画面に重い緊張感がみなぎっていますし、公園を背景に年老いた男がこちらを向くタイトルバックのショットも実にすばらしいです。後半「東京物語」の字幕とともに映画『東京物語』のテーマ曲がかすかに聞こえてくるところに至っては、ただただわけもなくうろたえてしまうほかありません。ショーの最中の無人の楽屋を見回りしながら、ひとりの警備員がダンサーたちの財布から1枚2枚紙幣を抜き取っていく、その時に手の中でジャラ、ジャラと鳴らされる鍵束の音、それから主人公のダンサー(チャオ・タオ)のいつも着ている上着の袖につけられた鈴の音。
「世界」と名付けられた公園内にとどまらず、北京の街自体が「世界」を内包していて、たとえ海外に出かけたとしても、結局その外側に出ることはできないという閉塞状況があって、物語の半ばでひとりの青年が死に、病院の壁をバックに映し出されるその青年の遺言(誰それに借金がいくらあるということだけを簡潔に書き記したもの)が、閉じた「世界」に一瞬ではありますが確かに亀裂を走らせます。そしてラスト、一酸化炭素中毒で倒れたダンサーと警備員の身体が、夜明け時の青白い薄闇の中、凍てついた地面に横たえられる時にも。