古川日出男『LOVE』(祥伝社)

LOVE

LOVE

今年の三島賞受賞作。古川日出男さんの小説を読むのはこれが初です。
普段見えている風景、世間一般的に認識されている事物の配置、公に認知された地図のなかで暮らす人びとが、ちょっとしたきっかけでそこから逸脱し、新しい風景、新しい地図を獲得するさまが描かれます。既存のパースペクティヴが崩れた後に、眼の前に広がる景色。あるいは同じ土地(東京都の目黒区・品川区・港区)を舞台にして、さまざまな登場人物によるさまざまな地図が描き上げられていく、とでも言いましょうか。高速道路の高架下の空間が、街のなかを細く流れる川が、海の上に人工的に作り上げられた土地が不意に前景化され、ウサギをめぐって団結する小学生たちや都バスの路線、猫たちとその猫たちを数える人びとのネットワーク、犯罪に手を染める集団や彼らを秘密裏に抹殺する組織、といったさまざまな水準の網の目が可視化されるというその試みは確かに刺激的で、最後までおもしろく読むことができました。
ただし、こうした主題を描き出す文章そのものが、既成の言葉の配置を転覆するようなものになっているかと言えばおおいに疑問です。確かにテンポもよく丁寧に練り上げられた読みやすい文章で、二人称の呼びかけも含めて隅々まで意識化された言葉であることは理解できますが、他方でわたしはそこに村上春樹的なものを強く感じます。すなわち、秩序を覆すかに見えて逆にそれを強化するような言葉、非日常を描きつつも「不気味なもの」のひと触れを回避し続けるような言葉です。
しかしまだ1作読んだだけです。早急な判断は慎まなければなりません。もう何冊か読んでみたいと思います。