『マーニー』『トパーズ』(アルフレッド・ヒッチコック)

DVDで。恥ずかしながら初見。それにしても『マーニー』の凄さといったら! わたしはこの映画にすっかり魅了されてしまいました。この陰鬱でゆがんでいて、混乱していると同時に薄っぺらで、深層的であると同時に表面的で、抑圧された感情が最後まで解消されることなく、観るものを冷たく突き放すこの作品の、それでいてこちらをつかまえて放そうとしない圧倒的な魅力の源泉がいったいどこにあるのか、正直わたしにはうまく言葉で表現する自信がありません。競馬場の場面やショーン・コネリーの家の設計などから見ても『汚名』の変奏と言えそうで、ひとりの女(イングリッド・バーグマン)をめぐるふたりの男(ケイリー・グラントクロード・レインズ)の物語から、ひとりの男(ショーン・コネリー)をめぐるふたりの女(ティッピ・ヘドレンとダイアン・ベイカー)の話へ変化していると同時に、クロード・レインズの抑圧的な母親がティッピ・ヘドレンの母親として回帰し、暗然たる力を作品全体に及ぼします。「偽装された結婚」という主題も『汚名』から受け継がれたものであり、作品後半においてヒロインは夫によって屋敷の中に囚われてしまいますが、そこで用いられるのは薬物ではなく、表面上は穏やかなかたちをとった脅迫の言葉です。ティッピ・ヘドレンが演ずるのは盗癖を持つ女性であり、これは『サイコ』のジャネット・リーなどに連なる系譜をなしています。彼女が金庫の扉を開けて現金を盗み出すシーンや、脚を折って苦しむ愛馬を射殺するシーンなど、パワフルな場面には事欠かず、ひとつひとつの場面の力が強すぎるあまり、ほとんど支離滅裂な印象すら受けるほどです。「色を止めて!(Stop the colors!)」と叫ぶティッピ・ヘドレンの声が今も耳元でこだましていますが、色をめぐる演出もこの映画の重要な要素となっています。バッグの色から始まり、幾度も変化するティッピ・ヘドレンの髪の色、トラウマとなって彼女に襲いかかり彼女を責め苛む「赤」などです。
『トパーズ』もまたすばらしい作品です。音声の大胆な省略、幾重にも交錯する視線が生み出すサスペンスは実に見事で、ヒッチコックによる一流のスパイ映画を堪能することができました。