『ハート・ロッカー』(キャスリン・ビグロー)

渋東シネタワー3にて。
 
このフィルムにおいて「爆弾」とは刺殺や絞殺といった近接的な殺人行為・破壊行為とは異なり、遠隔操作によってそれを行う目的で製造・設置されたものであり、時間的・物理的な「距離」を内包するものとして描かれます。
そしてジェレミー・レナー演ずる主人公にとって爆弾の解除という仕事はそれらの「距離」を無効化する営為であり、だからこそ彼はロボットやトランシーバーといった「距離」を前提とする道具を拒み、爆弾にじかに接触してその解除を行おうとします。それは爆発物処理という仕事を論理的に突き詰めることで導き出された職業倫理であると言うより、彼自身の抱える本能とでも言うべき、やむにやまれぬ衝動が体現されているように感じられます。
 
そう、ジェレミー・レナーもまた、キャスリン・ビグローのフィルムに多く描かれてきた「口唇器的存在」、「距離」を無効化する存在のひとりなのです。彼は紛れもなく、『ラブレス』のウィレム・デフォーや『ハートブルー』のキアヌ・リーヴス、『ブルースチール』のロン・シルヴァー、『ストレンジ・デイズ』のレイフ・ファインズ、『ニア・ダーク 月夜の出来事』のランス・ヘンリクセンら「吸血鬼」たちの血族です。
 
頻繁にペットボトルの水を口にするジェレミー・レナーはキャスリン・ビグロー的な「口唇器的存在」であり「水の人」でもあります。砂漠の真ん中で遠くに潜むゲリラに銃撃されるシーンで、ジェレミー・レナーが同僚から飲み物を受け取り、それをアンソニー・マッキーに差し出してストローで飲ませる場面があります。あの場面が美しいのは、距離とサスペンスの演出自体もさることながら、ちょうど吸血鬼が人の血を吸うことで吸われた人もまた吸血鬼の仲間となるように、ジェレミー・レナーの「口唇器」性が仲間ふたりに伝染する瞬間が描かれるからです。
しかし、普通の人間であるふたりの同僚が完全に「吸血鬼」となることはありません。ジェレミー・レナーはたとえ妻と子どものかたわらにあってもよるべなく孤独であり、ゼロ地点での接触を、「距離」の無効化へのやむことのない衝動を抱えて生き続けることになります。
 
そして「距離」の無効化とは、<映画>という体験の別名でもあります。「距離」を前提として作られる一本のフィルムが、その無効化を夢見ること…
(3/26記)