『マイ・ブルーベリー・ナイツ』(ウォン・カーウァイ)

DVDで。劇場公開時に観て以来、2度目。数年ぶりに観直して、わたしはこの映画がとても好きだということを再認識しました。構造的にはある意味かなり不格好だと言えます。ノラ・ジョーンズがその放浪期間中に体験するエピソードがふたつだけという点など、場合によっては物語的な説得力を欠く要素と受け取られかねません。しかしその構造的な不格好さこそが、わたしを強く惹きつけます。
このフィルムは口唇器をめぐる映画です。事故のように発生した一度きりの接触が、確かな確信をもって繰り返されるまでの物語、とひとまずまとめることができるでしょう。ここで重要なのは、ノラ・ジョーンズの唇というより、ジュード・ロウのそれであり、彼の口唇器の孤独さこそが主役なのです。巻きたばこをくわえ、ビールの瓶に添えられるその唇は、映画的な接触を求める器官として画面に映し出されます。
あとはジュード・ロウが経営するカフェが素晴らしい。いかにも大衆的なそのこぢんまりとしたカフェは鉄道高架下にあるらしく、背後には絶えず電車の音が聞こえるのですが、この音響がまた実によいのです。レイチェル・ワイズノラ・ジョーンズに心の内を語る夜の道路の場面でも、雷鳴らしき音がずっと聞こえていました。