『エレニの旅』

夜は日比谷のシャンテ・シネ1で『エレニの旅』(テオ・アンゲロプロス)を観ました。『永遠と一日』以来実に6年ぶりの新作です。前評判通りの非常にすばらしい映画で、巨匠の充実した仕事を十分に堪能することができました。CGなどいっさい使わず、村を本当に水没させちゃったのがすごい、などということばかりを騒ぎ立てるのはちょっとずれていると思うけれど、それでもワンショットにかける労力の果てしなさを思うと気が遠くなりそうで、凡人なら「いいよCGでやっちゃおう」と思うようなところを時間とお金をかけて徹底して作ってしまうわけだし、同じく時間と金銭的な問題からもカット割りを余儀なくされるようなところを、あくまでショットの持続のもたらす独特のテンションを優先させて、長回しにこだわるわけです。
村の水没シーンは観る前にすごいすごいと聞かされていたわりには意外と控えめで、それにしてもこの物語にあって登場人物たちはファーストショットからラストに至るまでずっと水に取り囲まれていて、時に大雨となって人びとを濡らし、時には海となって希望の土地アメリカへの出発を夢見させ、時に銃弾に倒れた息子と母親を引き離しもするこれらの水こそが、ヒロインを翻弄し巻き込んでいく大きな歴史の流れを象徴しているのです。
などとうまいことを言ってみたりするのに、なんのためらいも感じさせないあたりに、昨日の『ミリオンダラー・ベイビー』との違いがあるのだと思うのです。『エレニの旅』が第一級の芸術作品であることは間違いないけれど、切実な問題をともなってわたしの身に迫ってくることはないんですよね。