『浮草』(小津安二郎)

DVDで。初見。他の小津作品とは感触がいくらか違っているように思いますが、映画会社(大映)やキャメラマン宮川一夫)の違いによるものというより、主演俳優の中村鴈治郎から来る印象の違いなのかもしれません。ともあれ、「並ぶこと」の主題をめぐる物語という意味では、これもまたいつもの小津作品です。中村鴈治郎京マチ子が並んで支度する楽屋の風景に表わされる「横に並んで座る」関係が、土砂降りの雨の中、真正面から向き合ってふたりが激しく口げんかする場面を経ていったん崩壊し(一座の解散という事態に至り)、その後駅の待合室で京マチ子鴈治郎の隣に座ることで、再び「横に並ぶ」関係が取り戻されようとするところまでが描かれるわけですが、鴈治郎川口浩が並んで釣りをする場面から、差し向かいで将棋を指す場面への転換が、その直後の京マチ子との口論のシーンを準備しているようにも見えます。それにしてもあの雨の中の口論の場面はちょっと不吉な感じもあって、他の小津作品ではなかなか見られないようなシーンだと思うのですが*1、あそこでふたりは立ち止まっているわけではなく、ふたりとも軒下を左右にゆっくりと往復しては時折立ち止まる、という動作を繰り返すのです。あの動きがどうも不思議な、不安な感覚を呼び起こすのでしょう。
ところで若尾文子のみずみずしい美しさは言わずもがなですが、京マチ子の艶やかな容姿と魅力的な立ち居振る舞いは筆舌に尽くしがたいものがありまして、ラストの駅の待合室でも、マッチを擦って鴈治郎のくわえるたばこに火をつけようとし、鴈治郎がかたくなに拒むので短くなった一本目を捨ててもう一本擦るのですが、そのマッチを捨てる仕草が、小さな動きですけど実にいいのです。

*1:そもそも小津作品であんなにも雨が降ることって、初期作品はいざ知らず、あんまりないことだと思います。