『父ありき』(小津安二郎)

DVDで。2回目か3回目。『父ありき』と言えば、なんといっても父と息子が並んで釣り竿を振る川釣りのシーンでしょうけれど、映画の序盤、修学旅行の場面で、旅館の部屋で碁を打っていた笠智衆がふと外に眼をやり、彼に注意をうながされた同僚も窓の外に視線を向ける、すると湖面を滑る2艘のボートが映し出されるのですが、小津作品に頻出する同じ対象に視線を向けるという行為は、最初からふたりが同じものを見ているわけではなく、ひとりがもうひとりの視線を誘うようにして、ちょっとした時間差があって同一の対象物を見るという流れになるのです。この作品ではもう一箇所、笠智衆佐野周二が温泉宿でひさしぶりに会う場面で、ウグイスの鳴き声に誘われるかたちでこの行為が実現されるのですが、こちらが親子・肉親の間で共有される視線という小津作品ではなじみ深いものであるのに対して、最初の方は生徒の死を招き最終的に親子の別れのきっかけとなるわけで、そういう意味からすると、この作品は不用意に視線を向けたことで招いてしまった息子との別離を経て、視線の平行を丹念に慎重にやり直すことによって、再び息子と視線を共有し直す父親の物語だ、と言えるのではないでしょうか。
前にも書いたかもしれませんが、小津作品ではしばしば成員のひとりを欠いた家族が描かれますし、戦後作品ではそこに「戦争」の主題を見ることもできるわけですが、この作品も母親をあらかじめ失った父と子の話で、この「あらかじめ失われた家族の成員」の主題と、「視線を平行させる」という主題とは、密接に展開されています。