『秋立ちぬ』(成瀬巳喜男)

東京国立近代美術館フィルムセンターにて。初見。これはすばらしい作品でした。橋の中程で主人公の少年(大澤健三郎)と少女が初めて出会う瞬間からして感動的です。ふたりの二度目の出会いはトマトによって媒介されます。映画の冒頭、乙羽信子と少年が公園を通り抜ける場面で、野球のボールがふたりの前を転がっていくショットがあり、少年が喧嘩してトマトを落とし、少女がそれを拾うのも同じ公園だと思いますが、この「丸いもの」の連鎖が実に美しいです。
それにしても主人公の少年の寄る辺なさはすさまじくて、成瀬は物語が進むにつれて少年をどんどん孤独の縁に追いつめていくのですが、その残酷な視線はただごとではなく、どうにも収まりのつかない感触を観るものに残します。母は自分を置いて駆け落ちしてしまい、そのせいで預かってもらっている叔父の家も居心地のいい場所とは言い難く、唯一の友だちである旅館の少女と「駆け落ち」しても、行った先は埋め立て地で物寂しい海風が吹きすさび、そこで足をくじいて叔父の八百屋に戻ってきて、なおさら居づらい空気になるわけです。ラスト、約束のカブトムシを手にして、痛む足を引きずりながら少女の家に駆けつけると、すでに引っ越ししてしまっていて別れの挨拶すら交わすことはできません。少年はデパートの屋上にのぼって遠くの海に眼差しを向けますが、以前は大勢の人がいたその屋上には今や人の姿はなく、少年はただひとり世界に取り残されてしまったかのようです。