『マンハッタン殺人ミステリー』(ウディ・アレン)

DVDで。『上海から来た女』(オーソン・ウェルズ)の「鏡の間」を、まさにその映画を映し出しているスクリーンの裏に作り出してしまうというクライマックスをことさらすごいと言うつもりはありませんが(むしろ悪趣味かも)、全体としてはとてもおもしろかったです。物語的には『裏窓』と『めまい』(ともにアルフレッド・ヒッチコック)を合体させたようなところがあって、でももちろんヒッチコックとは似ても似つかぬ作りで、事件に興奮して進んで危険を冒そうとするダイアン・キートンの横で、泣き言を並べ立ててオロオロするウディ・アレンがおかしくてたまりません。松葉杖をついて歩く映画館主の秘書だとか、ホテルの地下の暗闇を抜ける場面だとか、魅力的な細部も多くあります。
ウディ・アレン作品にあっては人物同士の切り返しは極力排除され、会話するふたりの人物はしばしば同一画面内に収められます。と同時に、ホッケー観戦のシーンから始まるこの映画で、主人公の夫婦は毎晩のようにミュージカルやオペラや映画を観に行くわけですが、ふたりが同時に同じ対象物へ意識的な視線を向けることはなく、「殺人事件」もまた、共有されない視線の対象物として立ち現れます。もちろん夫婦間の危機という物語ゆえに要請された描写なのですが、「切り返しの排除」「視線の非=平行性」「選択的に観ること」といった主題は、コメディという側面から言っても非常に興味深く感じられます。