『北北西に進路を取れ』(アルフレッド・ヒッチコック)

DVDで。ヒッチコック作品の中でも特に好きな1本です。幾度も観ているにもかかわらず、ソウル・バスによるタイトルが始まると条件反射的にワクワクしてしまいます。
様々な要素が組み合わさった実に豊かな作品だと思うのですが、今回観ていておもしろかったのは、ケイリー・グラントが前半は母親に、後半は恋人(エヴァ・マリー・セイント)に依存する存在として描かれる点です。どうもヒッチコック作品の男性主人公は、『裏窓』も『めまい』も『サイコ』もそうですが、女性に捕らえられ、同時に女性を頼り女性に守られる(ことを望む)わけで、ここにはやっぱりヒッチコックの残酷な視線が感じられる、などというのはいささか単純すぎるでしょうか。ともあれ、ヒッチコック作品における女性というのは、今の自分にとってちょっと興味のあるテーマです。また、この映画では冒頭のタクシーに始まって列車やら飛行機やら、乗り物がたくさん出てくるのですが、飛行機について言えば1機は車にぶつかって炎上し、ジェームズ・メイスンが海外に逃げるための飛行機は結局彼を乗せて飛びたつことはないわけで、『北北西に進路を取れ』は飛行機が飛べない映画でもあるのです。
視線を不本意に集めてしまう国連ビルでの出来事を経て、オークション会場で故意に視線を自分に集中させて危機を脱する主人公の、視線のベクトルの逆転運動、そしてそこにエヴァ・マリー・セイントの空砲だとか殺人者の投げるナイフだとかがどう絡んでくるのかも、考え始めるとおもしろいのですが、最後にもうひとつ、これは落下運動をめぐる映画でもあって、ケイリー・グラント演ずる主人公が崖から落下しないことに始まる物語が、ラストのラシュモア山の場面で再び落下をめぐるサスペンスとなるのは、構成上当然のことと言えるかもしれません。そしてやっぱり悪人は落下するのでした。