『蟲たちの家』『絶食』

渋谷ユーロスペースでレイトショー「楳図かずお恐怖劇場」の2本『蟲たちの家』(黒沢清)と『絶食』(伊藤匡史)を観ました。
『蟲たちの家』について。50分という上映時間ゆえでしょうか、非常にシンプルな構造で、しかし決して単調でも単純でもなく、ブレをはらんだ多面体のように感じられます。ブレは同じシーンを複数の登場人物の視点で語り直すという手法から来ていて、2度ないし3度繰り返される同一の場面において、繰り返されるたびに細部が少しずつ変更されるのです。主人公の夫婦は互いに互いが妄想を抱いていると考えていて、しかしそのことを互いには証明できない、そこで外部から二人の人物が導入されます。夫は一度浮気した女性を、妻は自分に好意を抱いているいとこの俳優を、まるで蜘蛛が獲物を巣に引き込むかのように、家に連れ込むのですが、彼ら外部の人間にも、真実は決して明らかではないのです。
黒沢清的な主題、「廃墟化」だったり異空間への移動だったりが集約的に展開されるのですが、その「廃墟化」する夫婦の家の空間設計がなんと言ってもすばらしいです。緒川たまきが「あれ…」と言って指差す、キッチンの上の2階の窓、あるいは『呪怨』のそれを意識したかのような2階への階段、廊下、そして緒川たまきが(ラストでは西島秀俊が)巣をはる納戸。家がきしむ音が時おり耳鳴りのように聞こえますが、タイトルが示すとおり、この作品は「家もの」ホラーの一変種なのでしょう。家の磁場が、妻と夫を虫に変身させるのです。そしてラスト、緒川たまきが荷物を段ボールに詰めている背後で降りしきる雪が、空恐ろしいほどの凄みを見せてくれます。
『絶食』の監督には『思春期痩せ症の少女』(吉原健一)を観ておおいに反省してほしい(もし一度観てるのなら、もう一回ちゃんと観直すことをおすすめします)。あのような演出ではエモーションのかけらも感じられません。脚本もひどいと思う。