『ハンガー』(トニー・スコット)

DVDで。初見。ほとんど予備知識なしに観たのですが、これはすごい! まずはトニー・スコットが、同時期にデビューしたキャスリン・ビグロー同様、監督第1作の題材として「吸血鬼」ものを選んでいることに心底驚かされます*1。わたしがふたりの作る作品に強く惹きつけられるのは、ひょっとすると彼らがともに「他人の血」の物語を語ることからキャリアをスタートさせている、ということからくるのかもしれません。
個々の場面の設計に関してもトニー・スコットの非凡さはすでに明確に見て取れます。風にはためくカーテンだの飛び交う白い鳩だのといった、それらしい意匠を凝らした審美主義的な映像に惑わされてはいけません。デヴィッド・ボウイが病院でスーザン・サランドンを待つ間にすっかり老いさらばえてしまい、腹を立てて帰る場面の階段とエレヴェーターは、もちろんカトリーヌ・ドヌーヴの家の階段とエレヴェーターに接続されます。物語はあくまで垂直構造のもとに構築され、ラストのドヌーヴの転落を準備するわけです。他方でドヌーヴとボウイが音楽の人であることも、ここでは重要でしょう。また、通常吸血鬼は血を吸うことで吸った相手をも吸血鬼にしてしまうものですが、ここでは互いに互いの血をすすり合う、つまりは血を交換するというやり方をとっている点も、見逃せません。先ほどの落下を契機として、ドヌーヴとサランドンは立場を交換するのです。
それにしても、死ぬことすらできずに屋敷の最上階に置かれた棺桶に横たわり、何百年の時間をじっと耐え続けねばならないドヌーヴの昔のパートナーたち、彼らの運命には例えようのない悲しさがあって、わたしはそこに強く魅了されてしまうのです*2

*1:1982年に『ラヴレス』でデビューしたキャスリン・ビグローの2作目、単独監督作としては最初の作品が、1987年製作の「吸血鬼」映画の傑作、『ニア・ダーク/月夜の出来事』です。ちなみに『ハンガー』は1983年作品。『ラヴレス』の主演俳優ウィレム・デフォーが『ハンガー』で端役として出演していることも、奇妙な符合ではあります。

*2:そして最後にはドヌーヴ自身も棺桶の中の永遠の生を生きなければならなくなります。ラストの悲痛な叫び声がいつまでも耳から離れません。