矢作俊彦『ららら科學の子』(文藝春秋)

ららら科學の子

ららら科學の子

ゲームのせいで読み終わるのに時間がかかってしまいましたが、これはなかなかの力作でした。30年以上も日本を留守にしていた男が故国に舞い戻り、国を出た68年の視点から現在の日本を見るという設定を、ここまでのリアリティをもって描くのは、もちろん並大抵の筆力では難しいことでしょうし、東京の風景の描写や普段わたしたちが自然に受け止めている風俗・習慣を異化してみせる手つきには、熟練した技術と同時に常にゼロから始めるような若々しい緊張感があって、決してキャリアに安住しないこの小説家の、本当の意味での「才能」を感じます。
主人公の友人に頼まれて彼の世話をする傑という青年の造形がすばらしくて、彼の存在がこの小説に厚みをもたらしていることは間違いないでしょう。中国人につかまってしまった主人公を助けに来る場面で見せる肝の据わった力強さと、付き合っている女性との場面で顕著に表れる幼さが共存していて、多国籍=無国籍的な出自から来るイメージと相まって、独特としか言いようのない魅力を持っています。
終盤の、主人公が妹に電話する場面が実に感動的で、電車の中で読んでいて思わず目頭が熱くなってしまいました。