『江戸川乱歩の陰獣』『沓掛時次郎・遊侠一匹』(加藤泰)

シネマヴェーラ渋谷にて。
江戸川乱歩の陰獣』を初めて観たのは確か大井武蔵野館で、その時のスクリーンサイズがスタンダードだったせいで、後にヴィスタで映写されるのを観るたびに「またサイズ間違えてるよ」「あれ、それともスタンダードっていうのはわたしの記憶違い?」などとひそかに思っていたわけですが、この積年の疑問が本日ようやく解消されました。
劇場の壁に貼られていた公開当時の加藤泰のインタヴューによると、この作品はあくまでヴィスタとして撮影されたそうです。ヴィスタと言ってもスタンダードサイズで撮影されたフィルムの上下をマスクして横長の画面を作る仕組みなのですが、ここに問題がひとつあって、当時はまだヴィスタサイズをかけられる映写機を持っていない小屋も、特に二番館を中心として数多くあったようなのです。そういう小屋では上下のマスクがない状態、スタンダードサイズで映写されることになるわけで、撮影時には映写時のサイズがヴィスタでもスタンダードでも問題ないように作らざるを得なかった、ということのようなのです*1。その一方で撮影監督の丸山恵司によれば、加藤泰はもともとスタンダードサイズで撮影したかったらしく、シネスコを求める松竹側との妥協点として、撮影初日に急遽ヴィスタという案が採用されたとのこと。要するにヴィスタが正しいサイズということになるのですが、スタンダードで映写されても不自然なところはないようになっていて、最初にスタンダードで観たわたしは、ヴィスタの『陰獣』になんとなく違和感を覚えてしまうということみたいです。というか、最初の松竹マークの上下が切れてるように見えるのがいけないんですよ。あれ、あきらかにスタンダードの時のを流用してるでしょ! 悪いのは松竹マークなのです!
それにしても『陰獣』の誘惑者・香山美子は本当に恐ろしくて、あおい輝彦の視線を巧みに導いて自らに注がせるその誘惑ぶりは、締め付けられるような緊張感で観るものを圧倒します。そしてあのラスト、真紅の部屋の壮絶かつ異様な空間。
『陰獣』にあって、落下によって大友柳太朗を殺した香山美子が自らを落下運動にゆだねることで物語を締めくくるとして、この「落下」への誘惑が『沓掛時次郎・遊侠一匹』においては池内淳子の息子が崖の上から石を転がす場面に表れていると見るのは、いささか強引に過ぎるでしょうか。ともあれ、この作品も幾度観たか知れませんけれど、今回もまたその完璧な構造美に驚嘆させられるばかりで、ただただ画面を観続けるしかないのでした。池内淳子は大好きな女優さんですが、このフィルムの池内がなんと言ってもベストです。彼女が床に横たわり続ける後半部分*2、床についた池内と枕元に座る中村錦之助清川虹子らをとらえたシネスコの画面や、床を敷いた二階と階下を結ぶ階段といった空間が実に見事です。手から手へと渡される柿や櫛もまた、情念の結晶としての像を、確かに結んでいます。

*1:画面の構図に強くこだわる加藤泰としては、フレームが決められないという状況がとにかく大変だったとのこと。

*2:門付してたりするので横になりっぱなしでもないのですが。この門付の唄声をきっかけに中村錦之助と再会するシーンがまたとんでもなくすばらしいのでした。