『その夜の妻』『落第はしたけれど』(小津安二郎)

DVDで。『その夜の妻』には心底しびれました。なんと言っても八雲恵美子がすばらしいのですが、彼女が看病疲れでうたた寝してしまい、ふと眼を覚ますと先ほどまで自分の手にあった二丁の拳銃が自分に向けられていることに気づき、ハッとなるところなど、何度も巻き戻して観直したくなってしまいます(というか、実際に3回ほど巻き戻しました)。それにしても後半はアパートの室内シーンに終始するというのに、この空間の構築力、ショットとショットの緊密な連鎖、緩急の巧みなサスペンス演出はどうでしょう。それらが全て視線の演出によってなされているわけですが、昨日の『シン・シティ』に足りないものとは、まさにこの「視線の演出」なのです。ところで「子供の病気」をめぐる物語であり、帽子が中盤で見事な使われ方をするという点で、これもまた紛れもない小津作品そのものです。映画のラスト、子供を抱きかかえた八雲恵美子が、逮捕されて連れて行かれる岡田時彦を、2階(かもっと上の階)の窓から見送るショットがあり、『東京の合唱』にも同様のショットがありましたけれど、窓枠に切り取られた八雲の姿の美しさは筆舌に尽くしがたいものがあります。
『落第はしたけれど』では例の「横に並ぶこと」の主題が全面的に展開されます。主人公の斎藤達雄は、いつもつるんでいる落第生たちとは最後の応援団の練習まで「横に並ぶ」ことができるのですが、大学を無事卒業できた下宿の仲間たちとは、食事をする時も「横に並ぶ」ことができない、というわけです。そしてここでも帽子が、「学生に戻りたい」という下宿の仲間たちの気持ちを表現する道具として、印象的に用いられています。