『車夫遊侠伝・喧嘩辰』『みな殺しの霊歌』(加藤泰)

シネマヴェーラ渋谷にて。最後の日々だとか新世界だとか「マウンテン」シリーズ最新作だとか*1いろいろ気になる新作はあるわけですが、全部後回しにして脇目もふらずに加藤泰へ。いまだに疲れが抜けきっておらず、今日はひどい頭痛に悩まされつつも、これが3度目となる『喧嘩辰』で内田良平が桜町弘子を橋の上から川に投げ落とす場面にまたしても射抜かれたような衝撃を受けて、その桜町の落下する姿を眼にした内田が彼女に一目惚れしてしまうという有無を言わせぬ展開を、観ているこちらも理屈を超えたところで深く受け入れてしまえば、あとは橋の上から婚礼用の徳利が落とされるラストまで、息つく間もなく観続けるほかないのでした。河原崎長一郎の住む長屋だとか、大阪駅の改札前広場もそうですが、縦と横の構図を強調した空間設計が見事というほかなく、そこにひしめき合う人びとの動きも計算され尽くして画面をすみずみまで生動させています。文句なしにすばらしい傑作です。
『喧嘩辰』同様ヒロインのアップで終わる『みな殺しの霊歌』でも、物語(佐藤允による復讐)を起動させるきっかけは落下であり、最後は主人公の落下で締めくくられます*2。これと『男の顔は履歴書』の二本立で初めて加藤泰に出会って以来、本当に何度となく繰り返し観たフィルムなのですが、そのたびごとに涙が止めどなくあふれてきて、最後はスクリーンがかすんでしまうほどです。画面からあふれ出るような情念の高まりと、その一方で乾ききった叙情とでも言うべき残酷なショットが共存し、というより乾いたショットによってこそ情念は強さを増し、その乾きゆえに思わず涙してしまうのです。それを端的に体現しているのが倍賞千恵子で、単にけなげで無垢な存在ではなく、殺人者として内に抱え持つ暗さとそれゆえの力強い生が、彼女の乾ききった表情をとらえたクロースアップに表れているのだと思います。降りしきる雨の中、前の日に破り捨てた佐藤允の指名手配写真を拾い集めるシーンなど、こうして思い出すだけでも涙がこみ上げてきそうです。
ということで2本連続の加藤泰に感情を強く揺すぶられたせいですっかり疲れてしまい、劇場を出る頃には頭痛がさらにひどくなっているのでした。

*1:前作は寒い山。

*2:最初の「落下」については、それそのものは映像として描かれていないはずですが。幾度も観ているのに記憶が不確かで情けないかぎりです。