『早春』(小津安二郎)

DVDで。これまた観るのは初めてです。サスペンスフルな傑作でした。
淡島千景は大好きな女優さんで、この作品で彼女の演ずる役柄は『お茶漬の味』や『麦秋』での華やかさのある脇役とは違い、少しばかり生活に疲れの見え始めた平凡な主婦なんだけれど、やっぱりすばらしいし、対する岸恵子の悪女ぶりも非常によくて、池部良と一夜を過ごした翌朝、旅館の部屋でゆっくり口紅をひくところや、終盤で池部良に数発平手打ちしてから大きくふくらませたスカートをさっとひるがえして家を飛び出していくあたり、実に堂々たるものです。
冒頭の電車のショットに始まり、ラストは汽車のショットで終わるこの作品、そのラストの汽車を下宿の窓から一緒に並んで見やる池部良淡島千景の姿は、鳥肌が立つほど感動的です。登場人物たちがある同じものに同時に視線を向ける瞬間が小津作品にはよく出てきて(以前指摘した『秋日和』もそうでした)、これがしばしば非常に感動的な瞬間を形作るのです。
戦友の加東大介たちが深夜酔っぱらって家に押しかける場面なども、喜劇的要素を交えつつ、二階と一階の間に作り出されるサスペンスが何とも言えず、こうした場面ひとつとっても、小津の一挙手一投足にこだわる緊密な演出と巧みな編集、さらには入念に練り上げられた脚本のすばらしさに、あらためて気づかされるのでした。